2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
無料ブログはココログ

最近のトラックバック

ふっ、わくわく+1

弟41歳birthday
弟も40代となって、1年が経ちました。
お互いまだまだ元気でいられると思いますが、言葉を話せない弟の異変を感じる方法はないものかと、たまに考えます。
超能力が身に付けられるよう頑張ります(笑)

さんきゅう

弟39歳birthday

これまで生きてこられたのは弟のおかげです。もう生きていたくないと何度思っても、

支えられている気がしますshadow

迷走

弟38歳birthday

今年、私は40歳を迎えました。弟のために、こんな私でも生きていたほうがいいと思ってきましたが、本当にそうなのかと思うようになりました。

私が生き続けるよりも、お金を残していなくなるほうが、実際のところ弟は幸せに暮らしていけるんじゃないだろうか。

不惑どころか迷走中ですcoldsweats01

竜虎

弟36歳。

弟が、次に年男になる12年後、私は50歳。

人生50年。50年でも長いと思っていますが、

50どころか、60、70、80と歳を重ねていくのだろうと思います。

弟がいる限りcarouselpony

答えは・・・

先日、厚生労働省の労働政策審議会は、民間企業の障害者雇用率を2.0%(現行1.8%)とすることなどの案を「妥当」とした同審議会の障害者雇用分科会の報告を了承し、厚生労働大臣に答申しました(http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000002b4qy.html)。

法律により強制的に行うことによる効果はあると思います。今回、引き上げの方針となりましたが、1.8%が完全に達成されているわけではなく、重なる指導にもかかわらず雇用義務を果たせず企業名が公表されたという報道もありました。

現状と法律の温度差は存在すると思います。

雇用率引き上げがいいか悪いか。

分かりませんthink

少なくとも、障害者雇用に実績のある企業のことが、もっと世に知られてもいいと思います。

知らぬが

私の寿命が40歳とすると、あと2年半ほど。この春、中学や高校に入学した子が卒業するまではいられないことになります。まったくの仮定の話で、40歳になんの根拠もなければ、病気になったわけでもありません。もっと短いかもしれないし、150歳くらいまで生きるかもしれませんcoldsweats01

寿命が分かることで減らせる無駄、湧き出る不安、踏み出せる一歩、踏み出せなくなる一歩。

何もかも分かることは、決して幸せなことではないと思っています。

長生き願望はないけれど、今はまだ勘弁してほしいです。きっとまだまだ大丈夫です。保証はないけれど、否定もできないはずfish

さいぶぉーぐ

弟35歳birthday

弟も30代後半となりました。37歳の今、35歳の弟をかわいいと思える幸せを天に感謝しますsunかわいいと言うのは失礼かもしれませんが。

見た目がおっさんになっても、じいさんになっても、良くも悪くも弟はずっと子供のままです。

私が、加齢やけがや病気で、自分の体が思い通りに動かなくなっても、弟のことをかわいいと思うのでしょうか。

余命いくばくもないとなったとき、私亡き後について何を考えるのでしょうか。

たぶん、何とかなるでしょうpig

私がサイボーグ化するとか・・・carouselpony

そんな技術とお金があるのなら、他に解決策がたくさんあるでしょうがconfident

結局のところ、何とかなるでしょうwink

お前、泣くなよ

子供の頃、弟が突然泣き出すことがありました。涙が出てないこともありましたがcoldsweats01

何か分かりませんが、悲しくなったのでしょう。母が慰めると、おさまりました。

私は高校を出てから県外で生活していたため、その間のことは分かりませんが、その10年間くらいは、弟の泣く姿は見ていません。

私が愛媛に帰り、弟と接する時間が増えたからでしょうか。たまに弟の泣き顔を見ます。たまにですが。今日、その顔を見ました。

私のせいです。弟が泣くのは、私のせいです。それは重荷ではなく、私の生きる力。頑張るから、お前、泣くなよ。お前が俺の生きる力なんやから。辛いやんsmile

すべり台

昨日、ある催しに弟と参加してきました。フリーマーケットがあったり、音楽演奏があったり。

公園で開催されていたので、すべり台が好きな弟はそちらで遊びたかったでしょうが、概ねご機嫌だったのが何よりでした。

受験勉強

大学入試試験の時期のようです。

私は、受験勉強が肌に合わないようで、時々、訳もなく腹が立って、自分を叩いたりして怒りを和らげていました。大学に行くことが良い。勉強できることが良い。そんな世の中だと思っていたので、受験勉強は、読み書きと喋ることができない弟の存在を否定するものにしか思えませんでした。

私は、自分を痛めつけながら弟の存在を否定する道を歩いた挙げ句、中途半端な出来損ないになりました。

弟が喋れないのは、私が英語を喋れないからです。書けない漢字があるからです。大手や一流といった会社に勤めていないからですthink

とは思いませんが、たまに弟のことが重荷と表現されてしまうのは、私のせいです。体重は重いですけど・・・

未だに、もっと勉強しておけばよかったという気持ちにはなりませんが、これといった目標のなかった私でも、大学生活で多くのものを得ました。自ら目標に突き進む人には、ものすごくいい場所だと思います。受験生の方々には、精一杯頑張っていただきたいと思います。

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー